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ビスフォスフォネート製剤における顎骨壊死

2010年5月26日 水曜日

ビスフォスフォネート(BP) は骨粗鬆症治療の第1選択薬であり、その他にもガン患者や骨量が減少する疾患に対して有効な治療法として使用されている。

近年、ビスフォスフォネート製剤を投与されている患者が抜歯などの侵襲的歯科治療を受けた後に、顎骨壊死(Bisphosphonate-Related Osteonecrosis of the Jaw:BRONJ) が発生し、その関連性を示唆する報告が相次いでいるのは周知の通りであるが、発生頻度や病態に関する情報や知識などが正確に行き渡っておらず、発生機序が不明で予防法や対処法も確立されていないために混乱を招いているため、いま一度整理したい。

 

BP製剤に関する骨壊死が顎骨のみに発生する理由として、顎骨には他の骨(長管骨や頭蓋骨など)には見られない下記のような特徴があり、それらがBRONJの発生に関連すると考えられる。

1)口腔内の感染源は、上皮と歯の間隙から顎骨に直接到達しやすい。

2)咀嚼などによって口腔粘膜は損傷を受けやすく、口腔粘膜の損傷による感染がその直下の顎骨に波及する。

3)口腔内には感染源である800種以上の口腔内細菌が常在する。

4)下顎骨は上顎骨に比べ、皮質骨が厚く緻密であるためBPの蓄積量が多くなり、また、骨のリモデリングも活発であるため、BRONJの発生は下顎骨に発症しやすいと推察される。

5)歯性感染症(う蝕、歯周病、根尖病巣など)を介して顎骨に炎症が波及しやすい。

6)抜歯などの侵襲的歯科治療により、顎骨は直接口腔内に露出して感染を受けやすい。

 

正確な発生頻度は不明であるが、注射用BP製剤投与患者におけるBRONJの発生は、経口BP製剤投与患者におけるBRONJの発生に比べてその頻度が高いことが、欧米の調査報告により知られている。

また、BP製剤の窒素含有の有無や投与方法により異なり、窒素を含有する注射用BP製剤であるゾレドロン酸(商品名:ゾメタ)投与患者におけるBRONJの発生頻度が最も高い。

 

BRONJの臨床所見としては、骨露出、骨壊死、疼痛などであるが、中でも下唇を含むおとがい部の知覚異常(Vincent 症状)は、骨露出よりも前に見られる初期症状であるとされている。

BP製剤投与患者の侵襲的歯科治療後にドライソケットが見られた場合は、BRONJに進展する可能性がある。

 

BORNJ発生のリスクファクターは、前述したとおり、BP製剤の窒素含有の有無や投与方法によるもの。

抜歯などの骨への侵襲的歯科治療や口腔衛生状態の不良などの局所的ファクターや免疫機能低下などによる全身的ファクター。

その他の要因として、喫煙はBRONJの発生頻度を高めるとともに予後不良因子でもある。

 

BP製剤の休薬・再開に関しては、現在のところ、侵襲的歯科治療を行うことの是非について明らかな見解は得られていない。一方、BP製剤の休薬がBRONJの発生を予防するという明らかな臨床的EBMも得られていない。

そこで、注射用BP製剤投与中の患者に対しては、BRONJの発生のリスクと歯科治療効果を勘案し、原則的にBP製剤を継続して、侵襲的歯科治療は出来る限り避けることが望ましいと思われる。

経口BP製剤投与中の患者に対しては、侵襲的歯科治療を行うことについて、投与期間が3年未満で、他にリスクファクターが無い場合はBP製剤の休薬は原則として不要であり、口腔清掃後侵襲的歯科治療を行っても差し支えないと考える。

しかし、投与期間が3年以上、あるいは、3年未満でもリスクファクターがある場合には、判断が難しく、処方医と歯科医で主疾患の状況と侵襲的歯科治療の必要性を踏まえた対応を検討する必要があると考える。